理系だもの

日常起こったことについて、誰もが何かしら自分の意見を持つと思います(そのことが自分にとって良い・悪い等)。しかし、働いていると、同じ目標を目指すため、周りに合わせねばならないという風潮に従わざるを得ないです(これが団体行動の良い点でもあり悪い点でもあります)。せめてブログでは、自分の思ったことをのびのびと書きたいと思い、始めました。文章を書く訓練もかねて、分かりやすい記事を書くよう努力します。テーマは主に最近話題のもの・ことに対する解説+意見。たまに中の人の旅行記事、衝動に任せて書いた物申す記事を書きます

勉強嫌いの君へ−科学者の端くれの独り言−

3連休ですね。

世間では不登校系ユーチューバーゆたぽんが話題になっていますね。

先に言っておきますが、私は不登校を否定しない派ですが、教育は必要だと考えています。

ゆたぽん氏の主張は、漢字はググれば出てくる。計算は電卓があれば一発だからという暴論。まぁ、でも、現実、パソコンの普及により漢字が読めるけど書けない大人が増えていることを考えると100%間違っちゃいないのかな?と。
何故反感を覚えるのかを私なりに考えてみたところ、この主張は言葉そのものは出て来ませんが、「めんどくさいという感情論」だからかなと思っています。
幼い子どもの嫌だから嫌という論理もクソもない駄々と同じです。きっと、学校で自分の思い通りに行かないことがあったから、学校に行かなくなったんだろうなーと察してしまいます。

国立大医療系院卒のエリートだから、頭の作りが違うとかいう嫌味を言われるので、あまり学問について論じたくはないのですが、生涯学び続けねばならない科学者の端くれという立場で、何故学ぶのかについて色々と考えてみました。

駄々をこねる子供たちが納得するかどうかの保証はないですけど、学ぶことを新しい視点から見れるきっかけになるのではないかと考えています。

福沢諭吉先生の「天は人の上に人を作らず人の下に人を作らず。異なるのは学があるかないかだ。」みたいな言葉は、時代錯誤とか、学歴社会とか言われそうですが、研究者の端くれとして、学ぶという姿勢は、今までにないものを生む為には絶対に必要だと思います(今あるものを知らなければ新しいものは作れませんしね)。ただ、この主張は研究者になるという夢を持っていない子どもたちには響かない気がします。

そこで、すべての子供たちに響くように、具体的にどの科目で何を学んでいるのかということについて、考察してみようと思います。
ゆたぽん氏は小学生とのことなので、小学校の科目で考えましょう。
国語:漢字を覚えるための国語ではありません。コミュニケーションを取るための国語です。コミュニケーションには相手が必要です。その相手の気持ちを言葉から理解する力を養うために、文章読解問題があります。で、その言葉のツールとして平仮名、カタカナ、漢字を覚えるのです。

算数:計算するための算数ではありません。相手に、決められた方法で自分の考えが正しいと示す方法を学ぶのが算数です。ただ、このままだと抽象的すぎるので、そこに具体性を持たせるために皆の共通認識である数字を使ってるってだけです。なので、単純な計算問題は数字という共通認識のルールが理解できているかを問う問題で、文章題は相手の主張(問題文)に対して、数字という共通ルールを使って、自分の考え(答え)を納得させる(正しいと示す)訓練ですね。

理科:用語を覚えるための理科ではありません。身の回りの何故を解決してくれるあるいは、何故だろうと興味を持つこと(知的好奇心)の楽しさを学ぶのが理科です。何故?という疑問を解決するためには共通認識(用語や数字)と、正しいと示す(算数の力)が必要です。分からないが分かるになるという点においては理科ほど楽しい科目はないと思います。

社会:都道府県と県庁所在地を覚えるための社会ではありません。社会、特に歴史と公民は半分道徳だと思います。過去の歴史から自分勝手な王様は庶民に反乱を起こされて殺されたとか、人を傷つけることは罰せられるということを学ぶことにより、公共のルールの中で人として正しい選択ができるように教育するのが歴史と公民を学ぶ目的だと思っています。地理は半分理科です。何故?を解決してくれる側面もあり、自分の手の届く範囲外の世界を教えてくれます。

理科へのひいきがハンパねえ!(実際に、理科好きでした)

つまり、教育を受けなければ、コミュニケーションを取れないし、自分の主張が正しいと示すこともできず、視野が狭くて井の中の蛙状態になり、ルールも守れない無法地帯になってしまうということです。これは、太宰治先生の以下の言葉にも通じる部分があるのではないでしょうか?
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むごいエゴイストというのは、自分の感情論でしか物事を考えられない人というのを示していて、まさにゆたぽん氏じゃないかと思いますね。

あと、「常識に毒された保守的な大人」として言わせていただきますと、家庭の事情や、病気、いじめなどの致し方ない理由ではなく、勉強したくないという理由で学校に行かないのは、国民の義務である教育を受ける義務を果たさない憲法違反の行為ですよー

この学ぶ意義みたいなことを先生が教えるか考えさせれば科目の好き嫌いが減りそうだと思うんだけどなー(特に算数)