理系だもの

コミュ障理系会社員兼バレエダンサーの日記。健康食品のガチすぎるレビューから、ニュースについての自分なりの意見を書いたりしています。ためになる記事も多分ある。理系だもの。好きなこと:バレエ・ダンス鑑賞・音楽を聴くこと(推しは奏音69さん)、嫌いなこと・人:フェミニスト・媚びること・ストレッチ

理系が東京テディベアを聴いてみた -子供の脳を潰す親と教師-

昨日の記事が結構好評だったので、続編

www.rikeidamono.com

 

今回は、Neruさんの東京テディベアです。

これも、家庭環境が劣悪な少年がテーマの曲なのですが、

ロストワンはどちらかと言うと消えない不信感や周囲となじめないことへの苦悩を歌っています。

これに対して、東京テディベアは、両親からの愛を受けれなかった寂しさから、自分を作り変えて、愛されたい(承認欲求を満たしたい)と願うが、現実は冷たく、イメージ通りにできない自分を責める歌だと思っています。

 

この曲の歌詞で衝撃的な部分は、おそらく「ハサミ」「ミシン」「顔を切り取る」「縫い目」と言ったワードだと思う。

これは、自分の居場所を作るために自分を変えていく様子を示している。

「見栄張ったサイズで型紙を取る」のは、ありのままでは自分の居場所はないと判断したから。

「誰だっていいのさ代わりになれば」なのは、自分の居場所ができれば、愛されればそれでいい。たとえ自分らしくなくてもという思い。

「もっと大きなハサミ・ミシンで」は、自分を変えてみたが、愛情を得られないので、どんどん偽りの自分を作り上げていく行為(嘘だらけの体)がエスカレートしてく様子を示している。

最初は外面だけの改造だったのが、内面まで改造し、元の自分の姿も心も居場所も失ってしまう。(そうボクいないよ ボクいないよ 投げ捨てられて帰る場所すら何処にも 無いんだよ)

最終的に少年は自殺してしまう。

 

歌詞に見える少年の愛情不足と劣等感

父さん母さん 今までごめん

→両親に愛されないのは、自分のせいという思い込み。

 

膝を震わせ 親指しゃぶる

→指をしゃぶるのは心理学的に寂しさを表す。

 

愛されたいと 口を零した

→文字通りですね。

 

縫い目の隙間を埋めておくれ

→自分を変えようとしたけれど、心の隙間を埋めてくれる愛情はもらえなかった。

 

皆さんさようなら 先生お元気で

→学校にも家庭にも居場所がない

 

正直者は何を見る? 正直者は馬鹿を見る!

→頑張って自分を変えれば報われるなんて信じない!

 

そうボクいないよ ボクいないよ 投げ捨てられて
帰る場所すら何処にも 無いんだよ

→文字通り

 

で、この手の歌詞やネグレクトや虐待のニュースを見て思うんです。

 

対策委員を設けたり、相談機関を設けることなんて、対症療法でしかない。

いや、対症療法にすらなってないか、児相が動かなくて犠牲になった子供のニュースもあるし。

大人たちが、虐待を受けている子供の味方だよというポーズをとるため、なんて辛辣かな。

 

近年、体罰が問題になってますね。

戸塚ヨットスクールの校長は

「問題行動を平気でする子供を言葉だけで言うことを聞かせられるのか、体罰は必要な子供もいる」

と言っているらしいが、

その体罰が必要になる子供にした原因は何か、ここを解決しない限りは、ただの自己満足。

自分が暴力で子供たちのボス的な立場に立って、それは心地よいかもしれませんが、虚しくないの??って思う。

 

この所感は、私が一般の人よりも若干脳科学に濃い人間だからというのもあるかもしれないが、おそらく、以下の知見を知れば、子供への体罰や暴言は悪でしかないことがわかると思う。

 

昨日の記事で、ストレスにより、人間らしさをつかさどる前頭葉の機能に障害が見られると書いたのですが、それだけではないので、より詳細に解説する。

 

体罰を長期にわたり継続的に受けた人の脳では,感情や思考をコントロールする右前頭前野内側部の容積が平均19.1パーセント小さい(Tomoda et al,, 2009)。

さらに集中力・意思決定・共感などに関わる右前帯状回も,16.9パーセント委縮する。

物事を認知する働きをもつ左前頭前野背外側部も14.5パーセント委縮する。

 

これらの領域は人間らしさ(理性)をつかさどる脳部位で、この脳部位が機能しないと、相対的に本能をつかさどる脳部位の働きが強くなり、理性のストップが働かなくなり犯罪を犯してしまう。

図1 虐待経験者の脳皮質容積変化

https://psych.or.jp/publication/world080/pw05/

 

暴言では聴覚野の拡大が見られる。

上側頭回灰白質の容積が平均14.1パーセント増加する。そして暴言の程度が深刻であるほど,聴覚野への影響は大きい。

 

暴力・暴言を目撃することで視覚野が委縮する。

DV を平均4.1年間目撃して育った人は,視覚野(ブロードマン18野:舌状回)の容積が平均16パーセント減少する。また、暴言の目撃は暴力よりも視覚野へのダメージが大きい。

 

以上の知見を見て、子供に暴力で言うことを聞かせることの代償がいかに大きいか、虐待は子供の体だけでなく脳を潰すことがお分かりいただけたと思う。

 

そして、これは何も親だけとは限らない、子供たちにとって身近な大人である教師も暴力や暴言により子供の脳を潰す可能性がある。

 

脳が変わってしまった子供たちの脳を戻すことは困難である。

脳がつぶれた子供が生まれたではなく、親や教師であるオマエらが子供の脳を潰したんだ!

子どもは親を選べない。変わるべきは親の方ではないか。

暴力をふるう親から子供を引き離すのではなく、そもそも暴力をふるうような親を生み出さないことの方が大事なのではないか。

 

不幸な子供が生まれない世の中になればいいな。