理系だもの

コミュ障理系会社員兼バレエダンサーの日記。健康食品のガチすぎるレビューから、ニュースについての自分なりの意見を書いたりしています。ためになる記事も多分ある。理系だもの。好きなこと:バレエ・ダンス鑑賞・音楽を聴くこと(推しは奏音69さん)、嫌いなこと・人:フェミニスト・媚びること・ストレッチ

病気になりたがる人達 -精神疾患・発達障害ビジネスに思うこと-

どうも、理系です。

 

今回は、賛否両論あると思うが、精神疾患ビジネスの自己矛盾をテーマに話していこうと思う。

本当に賛否両論あると思うので、神経質な人は読まない方がいいかもしれない。

 

理系は親族に発達障害患者がいる。で、その発達障害に影響されて、脳の研究がしたくて、大学・大学院で精神疾患や発達障害の研究をし、現在、主にうつ病の研究をしている。

精神疾患や発達障害についての知識が中途半端にあるせいか、

「精神疾患でもできるビジネス」みたいな売り文句にイライラする。

 

まぁ、営業活動は個人の自由だから別に止めはしないけれど。

 

俺は、精神疾患だろうが、何だろうが人間という意味では平等だと思っている。そして、これが綺麗ごとであることも理解している。

 

私が、「精神疾患でもできる」とか「発達障害でもできる」という文句に言いようのない不快感を覚えるのは、おそらくその言葉の裏に「精神疾患や発達障害の人はできない人」という決めつけがあるからだと思う。

そして、彼らの過去語りを見ていると、「過去の失敗は病気のせいだから仕方ないのに、周りが精神疾患に理解がないから苦しかった」というようなニュアンスのことがかかれている。

 

確かにこのようなお涙ちょうだいエピソードは、「精神疾患の人はできない」というイメージを持っている人の同情を買いやすい。しかし、その同情には精神疾患への理解はなく、「かわいそうな人だけど頑張っている」という見下しが含まれている気がするんだ。

 

果たして、精神疾患に理解がないのは周りだけだろうか?「精神疾患患者ができない人」と主張しながら、精神疾患を自分のアイデンティティ(特権階級)とし、自己評価を上げるために利用しているという矛盾。

「一番、精神疾患に理解ないのは貴方では?」と思うし、「あなた、精神疾患でいたいの?」ってなる。

 

また、精神疾患と戦いながら一生懸命働いている人にも「精神疾患だから仕事できないのは当然」という偏見を植え付けている。

 

病気は、健康な状態からの乖離であり、免罪符やどや顔するためのものじゃないんだけどな。。。

 

精神疾患・発達障害ビジネス、僕はいやだな。

 

何年か前に、メンヘラが流行ったときもそう。

自傷行為の根底には人間不信があるため、一人で行われ、周囲に打ち明けるようなことはない。というのが典型例である。

しかし、周囲の目を引きたいファッションメンヘラが大量発生してリスカを隠す用のリストバンドが流行って問題になったことがあった。

 

声の大きいファッション精神疾患患者が本当に苦しんでいる人をさらに誤解させる。そのくせ、自分は精神疾患だからかわいそうだよねーって虫が良すぎないか?

 

承認欲求のために病気を使うな。

 

コロナもそうだぞ!!