理系だもの

コミュ障理系会社員兼バレエダンサーの日記。健康食品のガチすぎるレビューから、ニュースについての自分なりの意見を書いたりしています。ためになる記事も多分ある。理系だもの。好きなこと:バレエ・ダンス鑑賞・音楽を聴くこと(推しは奏音69さん)、嫌いなこと・人:フェミニスト・媚びること・ストレッチ

女性「役」を演じることに疲れた女の舞台裏は過酷すぎた件

どうも、理系です。

今回は、EveR ∞ LastinG ∞ NighT

今回のテーマにある意味沿っている気がする。

 

ツイッターで、書いて欲しいという意思表示があったため、今回は「腐女子」というものについて述べていこうと思う。

 

ただし、筆者は腐女子ではないため、補足や所感があればコメントいただきたい。

 

タイトルの意味や、なぜこのボカロ曲をピックアップしたかは、読んで行けばお分かりになると思う。

 

 

定義

「腐女子」とは、男性同士の恋愛を扱った小説や漫画などを好む女性のことである。

 

BLを好んでいるものの、現実における同性愛にには興味や関心はないことが多く、あくまでもフィクションとしての男性同士の恋愛を楽しんでいる。

そのため、リアルにおいて、「腐女子」の恋愛対象は男性である傾向が高い。

 

ただし、同性愛に対する許容度は腐女子でない女性と比べて高い。

 

では、この恋愛やセックスの対象(性的指向)と性的な好みや関心(性的嗜好)が一致しない理由は何なのかを次に説明しようと思う。

 

何故男同士なのか

これについてはいくつか仮説が存在する。

ネガティブな理由

内面化されている社会的な女性の役割の押し付けを背景とした成熟への恐れなどの女性性への嫌悪や、セックスを恐れる未熟さが原因。

 

これは、「女性はこうあるべき」というシナリオに沿って生きねばならないこと、性的な「女性役」を選択の余地なく押し付けられていることを恐れているのかもしれない。

 

ポジティブな理由

異性同性愛は、腐女子にとって自分とは全く関係がない解放された世界である。

この世界は、他者との人間関係の中でしか自己を認識できない女性にとって、煩わしいものは一切ない。

なぜなら、女性である腐女子は、男同士の同性愛の性的場面において、第三者的立ち位置であり、全く関係がないからである。

 

実際に、腐女子は推しカップリングの男性に恋をするというよりは、その男性を神聖視し、己が入る余地はないものとして認識している。(あくまでも推しカップリングの幸せを祈ることに専念し、土足で踏み入るのはNG)

 

腐女子が好むBL漫画の特徴

・性的場面において、女性は登場しない

・恋愛やセックスの場面において、愛情を重視した「関係」が描かれる(これについては通常の少女漫画と同様)

・純愛モノ(腐女子はリアルでも純愛を好む傾向がある)

 

腐女子たちの生態

腐女子が女性「役」を脱ぐ場

SNSは匿名である上に、同じ趣味を持つ人同士が選択的につながっているため、SNSは腐女子にとって、日常で強いられた女性「役」から解放され、思う存分腐女子としてふるまえる場である。

しかし、腐女子にもそれぞれ不可侵域(地雷)が存在するため、腐女子は同じ志を持つものとつながりたいと思いながらも、手探りでかつ礼儀正しく声を掛け合って繋がっていく。

 

仲間の重要性

社会通念的に、異性同性愛を好む嗜好は受け入れてもらえないと言うことを理解している。

そのため、腐女子は、一般的な性的嗜好とは異なるBLを嗜好する自分はエロい(=とんでもない性癖を持つ)女と思われるかもしれないという不安から、自分が腐女子であることを隠す傾向がある。

それゆえ、興奮したシーンや推しの萌える仕草について語り合えるような仲間の存在は大きい。

 

内外からの否定との戦い

腐女子は偏見や社会的通念的に理解されないという外部からの否定と、推しと自分は違う次元に生きていることに気づいているという内からの否定に打ち勝たねば、幸せになれない。

これは必ずしも不幸というわけではない。

腐女子は、自分の愛するものへの強い信念を持っており、そのため、内外からの否定に打ち勝つ幸福をもたらしてくれる腐女子活動を続けている。

 

そして、生活の充実度は、他の趣味のものと遜色ない。

偏見により「非リア」な趣味と言われているだけなのである。

 

なぜ、周囲の人からのこの偏見が生まれるのか。

 

これは、周囲の腐女子以外の趣味を持つ人が、アブノーマルであることを恐れる思考により、自分は多数派だから「健全(普通)である」と自己正当化しようとするからである。

これは言い換えると、多数派が理解できない少数派の嗜好は「不健全である」として、レッテルを貼っているようなものである。

 

まとめ

腐女子を全面的に受け入れろとまでは言わないが、社会には多種多様な趣味が存在し、その中には理解しがたいものも存在する。その時に、理解しがたい所を攻撃してはならない。

攻撃し、排除する行為が、腐女子たちに、攻撃者と接するときは、攻撃者のシナリオの中で演じて生きねばならないと強制するからである。

この攻撃者が多数存在すると、腐女子たちが、多数派に強制された演者としての「役」の仮面を脱いで、ありのままの自分として生きることができる(BL嗜好をさらけ出すことができる)場は少なくなり、彼女らの幸せは奪われる。

 

これは何も腐女子趣味だけには限らない。

 

自分の大事にしている価値観を否定されるとイラっと来るのであれば、他人の価値観も傷つけない努力をしなければならないということは、よく心に刻んでおかねばならない。

 

参考

腐女子の社会学ー多様な世界観の共存のためにー

http:// https://iwate-u.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=14865&item_no=1&attribute_id=36&file_no=1

「腐女子」の性的自己決定について

https://fukuyama-u.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=5739&item_no=1&page_id=31&block_id=65