理系だもの

コミュ障理系会社員兼バレエダンサーの日記。健康食品のガチすぎるレビューから、ニュースについての自分なりの意見を書いたりしています。ためになる記事も多分ある。理系だもの。好きなこと:バレエ・ダンス鑑賞・音楽を聴くこと(推しは奏音69さん)、嫌いなこと・人:フェミニスト・媚びること・ストレッチ

激励は必ずしも激励ではないかもしれない

失敗して落ち込んでる人を正しく励ませてますかって話。

参考動画
https://youtu.be/Iah6QlwLDoU

何となく察してる方もいらっしゃると思いますが、私は自分に自信がない自己肯定感の低い人間である。
だからこそ、少しでも周りに評価されて、自分がここにいていいという安心を得たくて、学生の間は勉強を誰よりも頑張った。
何故なら、成績や学歴というのは目に見えやすい評価基準だし、相手が誰であっても評価にゆらぎがない(いい成績を取れば誰でも皆褒めてくれる)からだ。

お陰様で学歴というステータスは手に入れたのだが、それでも自分に自信がない。

たぶん、自分に似たケースの方ってありふれていると思う。

で、そういう人の共通点として、周りに求められた結果に達したか達してないかで評価すること、そして、周りに求められた結果に達したらようやく0点、達せなかったらマイナス無限大点という評価を自分にしてしまうことがある。

身近な例で言うと、「100点を取れるように頑張ってね」と言われたときに、100点を取っても手放しで喜べない、仮に99点であったとしても、自分を責めてしまうってやつ。

こんな思考回路では、自己肯定感はダダ下がりである。

実際に、私は失敗すると、凄まじい自己嫌悪に陥る。さらに、人前で何かをするのが凄まじく苦手。
いわゆる気にしいなのである。

褒められることは、プレッシャーである。何故なら、褒めるというのは「この人はできる」という資格を得たということなので次失敗するのがとてつもなく怖くなるのである。
また、期待されるのも同様の理由で苦手である。

少々大げさに書いた部分はあるものの、この内容に共感できる方は一定数いらっしゃるのではないかと思う。

保育士系YouTuberのてぃ先生の動画で、失敗した子供への声かけというテーマがあるが、この内容は、私にとって非常に同意できるものだった。

松岡修造タイプの「次はできる!頑張れ」という励ましだと、自己肯定感の低い子供達は、できると期待されているというプレッシャーで、できないという結果をとてつもなく恐れます。

その結果、やらないという選択をします。
自己肯定感の低い子供達は、「自分の事を認めてもらえない=自分の存在価値がない」という自己評価をするので、失敗することは、自分の存在価値を脅かすことなのである。
しかし、やらなければ絶対に失敗することはないので、安全であると判断し、やらないという選択肢を取る。

私は、特にコミュニケーションの場でこのようなことが多々あるため、職場では、寡黙な人・無愛想な人のレッテルを貼られてしまっている。

じゃあ、どう励ませってんだ。めんどくせー奴。ってなるよね。
私は、放っといてくれればやらにゃならんことは自分のペースでやりますよ派なのですが、それが全員できる訳ではない。

てぃ先生は、鼓舞よりも共感が大事とおっしゃっている。
確かに、自己肯定感の低い子供にとっては失敗したということは、人生が終わるくらいのインパクトがある。
しかし、周りの大人がその失敗のインパクトは本人が思っているよりも小さいということを教えて理解させる事で人生が終わるくらいの強烈なマイナスから子供を解放することができる。
ここでもし松岡修造タイプの激励をしても、失敗したという事実は消えないし、子供の中の失敗することによる人生が終わるくらいの強烈なマイナスは解消されない。

全国のお父さんお母さん、そして全ての教育者の皆様、適切に励ますことができてますか?励ましが本人にとってプレッシャーになってませんか?