理系だもの

コミュ障理系会社員兼バレエダンサーの日記。健康食品のガチすぎるレビューから、ニュースについての自分なりの意見を書いたりしています。ためになる記事も多分ある。理系だもの。好きなこと:バレエ・ダンス鑑賞・音楽を聴くこと(推しは奏音69さん)、嫌いなこと・人:フェミニスト・媚びること・ストレッチ

コミュ障は生まれつきではないという話

どうも、理系です。

 

私はコミュ障である。そのために、そこまで親しくない人と雑談しろと言われると、「何を話せばいいのか分からない」現象に陥り、気まずい沈黙になる。

「何を話せばいいのか分からない」とは「その状況において、話すべき事象がない or あるが自分には分からない」ということである。

 

その一方で永遠としゃべっていられる人もいる。

それは単純に興味の範囲が広い(=話の引き出しが多い)、あるいは、大衆受けするネタを多く持っているというだけかもしれない。

しかし、多くのコミュ障は、このような非コミュ障と自分の間には越えられない壁があり、自分は生まれつきコミュ障であり、救いようがないと考えてしまっている。

 

果たして本当にコミュ障は生まれつきなのであろうか?

 

この点について下記の研究は一定の答えを示している。

www.waseda.jp

 

幼少期の独りぼっち経験は脳に様々な影響を与えることは当ブログの過去記事からお分かりいただけると思う。

※ここでいう独りぼっち経験とは、単に友人ができないということに限定されず、親からの愛情の欠如、いじめ経験を含む。

 

発達期から成熟期において、集団で飼育されたマウスと、独りぼっちで飼育されたマウスでは、他のマウスと仲良くなる(寄り添い行動をする)までの時間とその過程でとる行動が異なる。

 

具体的には、独りぼっちで飼育されたマウス同士が仲良くなるまでに時間がかかり、仲良くなる過程で、物理的接触回数が多い、ただし、その接触の継続時間は短い。

これは、コミュ障が友達を作るまでに時間がかかること、仲良くなる過程で、ろくに続かない単発の会話や、視線が合っても一瞬でそらすといったことを繰り返すことに酷似している。

 

一方で、集団飼育されたマウス同士は仲良くなるまでの時間が短く、仲良くなる過程で、物理的接触回数は少ないが、一回当たりの接触時間は長い。

これは、非コミュ障が友達を作るのに大して時間がかからず、仲良くなる過程で、継続する言葉のキャッチボールをすることに酷似する。

 

ここで、独りぼっちのマウスはコミュ障のままでいるしかないのかということが気になると思う。

独りぼっちのマウスと集団飼育されたマウスを混ぜて同じケージに放すと、独りぼっちのマウス同士が仲良くなるまでにかかる時間が短くなる。

この結果から考えると、非コミュ障の存在により独りぼっちのマウスのコミュ障が改善されていることがわかる。

ヒトに置き換えると、コミュ障は、適切なサポートの下では改善できるというここである。

それと同時に、コミュ障というものは、生まれつきというよりもむしろ、生育環境という外的要因により引き起こされることが明らかになった。

 

こう考えると、幼少期や学生時代のいじめや虐待の影響というのは一生ものになりうるものであり、加害者には厳罰を求められるべきだと私は考えている。