理系だもの

コミュ障理系会社員兼バレエダンサーの日記。健康食品のガチすぎるレビューから、ニュースについての自分なりの意見を書いたりしています。ためになる記事も多分ある。理系だもの。好きなこと:バレエ・ダンス鑑賞・音楽を聴くこと(推しは奏音69さん)、嫌いなこと・人:フェミニスト・媚びること・ストレッチ

批判されると、人格否定されたように思う人たちへ

どうも、理系です。

 

仕事や学校・家庭において、人に批判されるということは避けて通れない。

 

しかし、この「人に批判される」ということは非常にストレスフルなことである。

 

だから、我々は、上司に怒られた翌日は仕事に行きたくないと思ったり(批判により生じた感情の揺らぎによる非合理的な回避行動)、必要以上に自分を責めて自分は全部だめだと考える(主観に振り回された根拠ない一般化)。

 

この記事を書いている私だってそうだし、心の健康を損ねた人のかなりの割合が、批判に対する対処がうまくできず、必要以上に傷ついている可能性がある。

 

その批判をうまく対処する方法として、無理やりポジティブシンキングをするという方法が提唱されているが、自分を偽るという行為は、本人にとってストレスになり、健康に影響する(免疫力低下につながる)ことが客室乗務員を対象とした研究で明らかになっている。

 

では、どうするか、残念ながら、全ての人に好かれ、批判されない人間になることは困難であることが下記の研究結果から明らかになっている。

 

ドイツでの研究で、被験者に芸能人のイメージを数十のワードから選択してもらった。その結果、その芸能人が好きな人の選択したワードは共通する傾向があるが、その芸能人が嫌いな人の選択したワードはバラバラという結果が出ている。

 

この結果から、その人が好かれる点というのは共通しているが、その人が嫌われる理由というのは多岐にわたるということがわかる。つまり、その人が称賛されるポイントは共通(限られている)だが、批判されるポイントというのは数えきれないくらいあり、それを全て解決することは不可能である。

 

つまり、批判されない人間になることは不可能である。

批判される前提で生きねばならないため、批判の処理というものは身につけねばならないスキルである。

 

具体的には、受け取る批判と受け取らない批判(≒八つ当たり)を見分けられる客観的視点を身につければよい。

 

以下に客観的に批判を見ることができるポイントを挙げていく。

 

・批判されてその場でイラっとする(その場で言い返したくなる)とき、相手は自分より下(取るに足らないことを言われているからイライラしていると解釈できる)、無視した方が良い。

批判されたときに「言われなくてもわかってるし!」とイラっとするのはまさにこれである。

黙りこくってしまう場合は、相手の方が能力が上(一理あるから言い返せないと解釈)、批判を受け入れた方が良い。

 

・「みんな」というワードに注意

「みんな○○と思っているからやめた方が良い」という批判の本質は、「私が嫌だからやめた方が良い」である。「みんな」は「みんな」ではなく、「私」もしくは「私と私の周りの数人」である。

これについては、人に批判されたときに、「みんな私をダメだと言っている」という被害妄想にとらわれたと仮定すると分かりやすい(仮定するまでもなくそのような被害妄想にとらわれた経験がある人は多いと思うが)。はたして「みんな」というワードの具体的な構成員に何名の名前を挙げられるだろうか。

本当に「みんな」からダメだと言われているのであれば、自分のことをダメだと思っている人の名前を沢山挙げることができるだろう。しかし、実際は具体的な構成員を挙げることが困難だと思う。

つまり、自分のことを「ダメだ」と思っているのは自分であり、「みんな」というのは自分が作った幻想(主観)である。

他人から「みんなが言っている」と批判されたときの「みんな」というのも同様に、批判してきた人の作った幻想である。つまり、批判してきた人が批判による罪悪感の軽減のためにわざと主語を大きくしているだけであり、主観でしかないので気にしなくてよい。

 

・批判の目的を見極める

人に批判されたときに、その批判が自分を批判してきた人の思い通りにする目的であれば、無視してよい。

例としては、言うことを聞かせるために暴言を吐くこと、批判して失敗させたり、あきらめさせようとすることである。

批判が、自分の今持つ自由(選択肢)を狭めるものの場合、相手は自分をコントロールすることが目的の可能性がある。コントロールされたくないのなら、気にしなくてよい。

 

これができれば、批判されても必要以上に傷つかない!でも、これが簡単にできれば苦労しないんですけどね。

ただ、気にしないまではいかなくても、自分の認知のゆがみに気づくこと(この苦しい感情が独り相撲であると気づくこと)だけでも多少は気が楽になるのではないだろうか。

恐らく、周りをコントロールしたり、無理やり自分の感情をコントロールしてポジティブシンキングをするよりは簡単だと思うんだけどな(素でポジティブシンキングができる人は除く)。